90年代ファッション好きの過去と現在

お気楽メンズファッション日記

清潔感

やっぱりファッションに清潔感はマストだと思う。汚いのはNGだ。清潔でなければならない。でも別に潔癖症でもなんでもないので、1回着たら必ず洗濯ということでもない。ただあきらかに汚れたものは着ないとか、臭っていなければいいという程度の清潔は必要だという話だ。それは当然として、やっぱり雰囲気での清潔感も大切だと思ってはいる。それならば、新しい服や洗濯後アイロンがけして綺麗にして、新品そっくりさんのような服だけを着ていればいいと思うんだが、そうはならないからファッションは難しい。

 

洗いざらしのオックスフォードシャツ、味が出て少し破れたデニム、しわがいい感じに入ってきたレザージャケット、着用しすぎていい感じに毛羽立ったネルシャツ。洗濯を繰り返して色がフェードしてきたスウェットパーカ―、あー。どれもうっとりしちゃうぜ。

 

清潔感=アンチエイジングとはならない。ボロいけど清潔。清潔感のある味というのが、どうも自分の目指したい所のようだ。味は着用し続けて時間が経てば嫌でもついてくる。要はどうやって清潔感を表現するかだ。ただ、残念なことに綺麗な服をミックスして着るということ以外、方法が思いつかない。自分自身がだんだん若者から、ネクストヴィンテージ(おじさん)に成長しているのに、服も古着ばっかりでいいはずがない。いずれ自分もヴィンテージ(おじいさん)になる。それでは味がでまくってしまうから新しい服が必要だ。これからの買い足しは、新しい服に比重を置いていかなければというのが、とりあえず今できる清潔感対策と買い物の言い訳ということになる。

 

ヴィンテージ古着の世界では、まだ水の通ってない生地というのが珍重されたりして、例えば50年以上前の衣類がデッドストックではなく、まあまあ着用されてるのに、まだ水が通ってないということをセールスポイントにしていたりすることがある。水が通ってないとは良い言い方だが、ただ洗濯してないってだけだからね。そういうのを見ると、汚いと感じるのと同時に、汚れたまんまで何十年も置いておいても意外と大丈夫なんだというふしぎ発見。まあ汚いのは嫌ですが過剰に洗濯するのもデニムなんかは嫌ですね。妻に取られたアットラストのジーンズが、普通の洗剤ドバドバ入れて、毎回ガンガン洗濯乾燥機で洗われて数年、なんか最近、妙にしらっちゃけてきているなーと横目で残念な気持ちで見ていたりするんだが、何かの交換条件であげたものだから何も言えねぇです。