90年代ファッション好きの過去と現在

お気楽メンズファッション日記

HEROのファッション

次女が右腕を骨折した。

 

骨折したのは1カ月くらい前だったんだが、診察してもらってた整形外科では良くならず、3週間くらいしてから総合病院を紹介され、そこで診察してモンテジア骨折と言う骨折だったと、ようやく判明した。骨折して2週間が早期治療の目安らしくて、3週間たっていると中々難しい手術になるという説明を受けた。最初の整形外科の先生もわかんないものは仕方ないけど、わかんないなら早めにでっかい病院紹介してくれたら良かったのにと思わずにいられない。結局そこの総合病院でも難しいからと、小児専門の総合病院をまた紹介された。

 

小児専門の総合病院で手術を受けることになった。主治医の先生は、サーファーみたいなパーマ頭でインテリぽいメガネにホワイトジーンズを履いている見た目チャラめのお兄さんで正直第一印象はちょっとやだなと言う感じだった。もちろん次女も心を閉ざして質問されても、ひと言もしゃべらない。だけどひと通り手術の説明を聞いて少し落ち着いた頃、ふと先生の名札についている写真を見ると、短髪の好青年という感じだった。かなり落差があったので思わず『写真に比べるとずいぶんチャラくなりましたね』と本音を言うと『いつ死んでもおかしくない歳なんで』と予想外の答えが返ってきた。カルテを見ながら『お父さんと僕同級生なんですけど、友達誰も死んでません?』自分より若く見えたが同い年らしい。『いやー。数年前にくも膜下で亡くなった同級生がいるけど、今のとこそれぐらいですかね』『そうですか。ボクは最近癌で友達が2人死にました。この歳で本当に死ぬんだと思って。いつ死ぬかわからないから好きな格好で生きることにしたんです』そんなエピソードを聞いて、ただチャラいだけの先生じゃないんだなと少し見直した。

 

診察の翌日手術だったが、手術中は生きた心地がしなかった。今日の手術はチャレンジで、ダメなら次は22日にもっと大掛かりな手術をすると次のスケジュールまで既に組まれていたからだ。妻はこの間まで次女ちゃんは運動神経がいいからスポーツ選手でも目指せばとか言ってたくせに、腕が動かなくなったらなったで、別の人生プランでいけばいいっしょ。死ぬわけじゃないんだから。と超合理的な考え方で落ち込んだ様子がないのがうらやましい。手術日も付き添いを自分に託して仕事している。その鉄の心はもしかしたら寄生獣に寄生されているのではと疑いたくなる。

 

でもたぶんこの病院の中にはもっと深刻で生死がかかった手術も行われていることだろう。腕でこんなにドキドキしてる自分はメンタルが弱すぎなのかもしれない。こういう心配な出来事があると食欲も物欲もなくなる。ファッションを楽しめるってなんて平和な日常なんだろう。予定より手術の時間がだいぶかかっている。手術室の前で待つドラマのシーンと自分がかぶる。自分が待ってたのは手術室前ではなかったけども。予定より1時間くらい遅れて、手術は終わった。主治医の先生にうまくいきましたと言われ、今まで生きてきた中で1番心のこもった、ありがとうございますを言った。検事らしからぬカジュアルスタイルのキムタクとドクターらしからぬホワイトジーンズの先生が絶妙にかぶる。先生は私のヒーローになりました。

 

手術から今日でちょうど1週間。最低4週間はギブス生活だそう。ギブスがとれてちゃんと元どおりに回復するのかが心配ではあるけれど、自分には何もできないから大好きになったヒーローを信じるしかない。今日診察に行ったらとりあえず経過は良好らしい。次女にも、あの先生が助けてくれたんだと熱く語っていたので、先生に心を少しひらいたらしく、今日の帰りは『じゃーねー』と彼女なりのあいさつをしていた。

 

ちなみに手術後、私の食欲はすぐ回復したし、楽しく酒も飲めるようにはなったけど、1週間たった今もすっかり物欲はなくなってしまった。今はまだファッションを楽しめる気分ではない。