90年代ファッション好きの過去と現在

お気楽メンズファッション日記

トレードマーク

気に入っているけれど着ない服というのがけっこうある。気に入っているからこそ汚したくなくて着ていないという類のものだ。

 


資産目当てでいつかお金にしようと思っているヴィンテージ古着は、まあ着なくていいとしても、売るつもりもなくいつか着たいと思ってるんだけど中々踏み切れないものも多い。思い切っておろしてはみたけど、1年に数回しか着用しないローペースな服の数々。

 


着るのがもったいないけど、着ないともったいないという八方塞がり。こうなってくるなら物に縛られないミニマリストを目指すべきか。でもミニマリストになるために服を処分するくらいなら、処分する気持ちで着倒すから、その決断ができれば解決する話だ。

 


自分は何者でもないんだけれど、もし自分がカート・コバーンだったらとか時々考える。カートのファッションで真似されたり価値がでる服はクローゼットに保管してる服ではなく、普段から着ているかもしくは着用画像が残っている服だ。自分はカートじゃないから自分が着ても、真似されたり価値があがるということはないけれど、要は普段着ているたいして気にいってもいない、レギュラー古着とかユニクロとかが自分のイメージになってしまっていないだろうかとかいう超どうでもいい無意味な心配をしているわけだ。だが自分が普段着ている服が自分のイメージになっているのは間違いない。コロナ自粛のときコーデ写真を撮ったりもしたが、もう写真もやめてしまった。

 

もし今自分が死んでしまって息子が形見をひとつだけ取っておくとしたらなんだろうか?自分のトレードマーク的なものだ。ユニクロの服はベーシックすぎて人のイメージがつきにくい。腕時計も普段あんまりつけないし。ここ数年はいつも被ってるからニューエラベースボールキャップだろうか?それもいい気もするけど、もっと違うトレードマークはないのか。

 


自分もカートみたいなトレードマークが欲しい。ダニエルジョンストン のTシャツとか丸いフォルムのあのサングラスとかモヘアカーディガンとかネルシャツとかダメージジーンズとかスニーカーとか。でもジャックパーセルって普通のスニーカーだな。やっぱ服じゃなくて人なのか?

 


大切にしまっておいても、物に執着のない家族と住んでいるからいつ破棄されてもおかしくない環境だ。妻は1年着ない服はゴミという考えだし、私の宝物の高額なナバホラグを私の所有物でなくダニの家だと、あながち間違いじゃない勘違いをしているからこわい。話がそれたが、やはり本当に大切なものは自分のトレードマークになるほど愛用するべきだ。冬でも短パンみたいな偏りすぎなトレードマークは嫌だけど、自分が本当に好きなものをトレードマークにしたい。デニムとかブラックが好きな人とかミリタリー好きくらいなイメージのトレードマークがいいな。そんなのあるかな。

 


カートのクローゼットの中には着ないけど着ている服より気に入ってる服が並んでいたなんてありえないし想像もしたくない。かっこいい男はそんな小さいことはしないはずだ。そんなことをしてる自分はつくづくかっこ悪いと思う。